The Epic of Zektbach

ニョアの手記

冒険者諸君、ごきげんよう。私の名前はニョア。鍋の中におさまるのはあまり好きでない。
既に気がついた者もいると思うが、今回の更新でTOPページのZektbachのコメントが増えたぞ。
物語のヒントになっているものもあるので、是非耳を傾けて欲しい。

さて、今回はここを初めて訪れた者もいると思うので、このサイトがどういうものか今一度説明しよう。
このサイトはZektbach叙事詩をより深く知って頂くために用意したものである。
Zektbach叙事詩は君達の町にある遊技場、つまりゲームセンターに置いてある
beatmaniaIIDXやpop'n musicといったBEMANIシリーズでZektbachの楽曲を選べば詩曲として楽しめるものだ。
しかしながら遊戯中の楽曲と映像だけだと、ほんのごく一部しか物語を知ることができない。
そこで、より楽しめるようにとこのサイトが開かれたのだ。
一体どういう物語にゃのか?それは諸君らも気になるところだと思うので叙事詩の生みの親であるZektbachに聞いてきた。

やあ、皆。我の名はZektbach。
この物語には章ごとに鍵となる人物がいて、それぞれに深いテーマを抱えている。
例えば第1章の楽曲『シャムシールの舞』に登場するシャムシール。
彼女は1つの重いテーマを抱えているわけだ。
そのテーマは何なのか?それは皆が自ら考察して欲しいところだが…特別に大ヒントをお教えしよう。
君達が学校で習った歴史の授業を思い出すのだ。
……さて、ここで何人か眠ってしまったようだな。
歴史の教科書を見ると色々な時代になぜか時代を超越した素晴らしい才能を持った者が必ずいるであろう。
皇帝、将軍、学者、文化人など様々な分野でそういった者を見ることができると思う。
それらの者を『すぎたるもの』と言うことにしよう。
『すぎたるもの』は何を残したか?それは一般的に言えば人類がより良くなる手段や方法、または反面教師としての記憶である。
理念や知識、様式、または伝統という言葉にもできる。
そして、それらが集合したのが『文化』であって『文化』は交り合いながら様々な新しい『文化』を生む。
生まれてきた新しい『文化』は、さらに他の『文化』と交り合って新しい『文化』を生んでゆく。
この様子はまるで諸君が代々祖先から受け継がれている遺伝子の様ではないか?
世界に名を残した『すぎたるもの』が生んだものは、全人類の未来の方向を動かすほどの文化的な遺伝子だ。
それが果して良いものなのか悪いものなのか。
シャムシールは古代の遺物リスタチアによって、この事について考えさせられる事になるのだ。


ニョアが一言付け加えると、Zektbach叙事詩は中世風の架空の物語だが
実際は諸君の世界の物事に深く関わっている物語だと言っておこう。
そういう見方をすれば、諸君らは色々と答えを導き出せると思う。
これからSTORYページで綴られる物語を見て、おのおの考察を巡らせてもらうとニョアは嬉しいにゃ。

さてさて便りで多かった私の頭の上にいる鳩の名前だが
オスティヌスという名前だ。ちなみにメスだ。さらに言えば、私はオスだ。


では、私はそろそろ叙事詩の記録作業に戻るので…


にゃあの。

――――――――――――ニョアの手記 4 ――――――――――――

(2008.07.23)


The Epic of Zektbach -FRAGMENTS OF ARIA TE'LARIA-

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