The Epic of Zektbach

ニョアの手記

冒険者諸君、ごきげんよう。私の名前はニョアである。

本日、『The Epic of Zektbach -Masinowa-』の特設ページを更新した。
まず、冒険者諸君はこれに目を通してくれたまえ。

http://www.konamistyle.jp/sp/zektbach_masinowa/

さて、ようやくオスティヌスの消息が具体的に分かってきた。
イゼルニア山脈で生活しているイゼルニアヤマネコのハイデッガーによると
炎をまとった巨大な鳥が2匹寄りそっているのを山麓の岩場で見たと言うのである。

2匹…?

オスティヌスは2匹いたのか…?

いや、違う。

これは私が全く忘れていた、というより意識していなかった事なのだが
よくよく考えるとオスティヌスも、うら若き乙女なのである!
乙女であれば、恋もするであろう。
恐らく、オスティヌスは恋をしていて、イゼルニアで恋人と密会をしているのでは無いか
という衝撃の事実が浮かび上がってきた。

私はオスティヌスのような変わった鳥は彼女しかいないと思っていたが
もしかすると、イゼルニアには彼女と同様の種が多数生息しているのかもしれない。

となると、私の類まれない華麗なる探求心に火が付くのは明白である。

さあ、盛り上がってまいりましたにゃ!

今日は君達の便りを久しぶりに読むことにする!

初めましてニョア様、zektbach様。
私は最近、マシノワやエンカムイについての考察を巡らせ
ています。オリエンタルな雰囲気がとても魅力的で...、私
はそれに取り憑かれてしまいました。
それはさておき、1つ気になった事があります。
エンカムイは魔人が生息する里であり、その魔人達を束ねるイズモという人物がいたらしいですね。
そして、魔人達が暴走した事で、エンカムイを封印したのがイドという人物。
さらに魔人を創造したのはギジリ。
この3名になにか因縁や交友関係というものはあったので
すか?全くなかったようには私には思えないのですが...。
機密に触れない程度お答え頂ければ嬉しいです!!
(学院生Deより)


エンカムイの魔人達はヤクモ、イド、ミヤギによって束ねられていたと
サザラギの機密文書には書かれている。
この3人を統率していたのが、ギジリである。
イズモに関しては『魔術を操る奇怪な集団を率いていた』としか記載が無い。
おそらくイズモはエンカムイ封印のきっかけとなった
魔人暴走の事件に関わっているかもしれないが詳細は不明である。

Zektbach殿、ニョア殿、はじめまして。
私はつい最近「ぶろぐぱーつ」からこの世界にやってきました。
そして直ぐにここで流れる旋律に心を奪われました。
今では、素敵な調べの数々に耳を傾けながら、
ニョア殿の手記を眺めるのが日課となっています。
ところで、1つ質問があるのですが…。
この世界にドラゴンはいますか?
(冒険者アスロニアエスより)


アリア・テ・ラリアの文献にドラゴンと呼ばれるものは登場しないが
炎をまとう巨大なうら若き乙女の焼き鳥は確実に存在するにゃ。

憧れのシャムシールさんの飼っていたという猫ちゃんについて
詳しくお願いします!
やはりシャムネコなのでしょうか…??
(踊り子ヤヤより)


シャムシールの飼っていた猫はアビシニアンと呼ばれる種類のもので
名前をチャミンといったそうだ。
シャムシールに非常に懐いていたようで、彼女が家に帰るや否や飛びつき
ずっと隣にくっついて回っていたようである。

ニョアさんの尻尾を引っ張るだけでは飽きてしまいます。
耳とヒゲも引っ張りたいのですが・・・
(教皇トマスより)


謙虚・清貧・貞潔を信条にすべき教皇ともあろう者が
限度を知らぬ欲望をたぎらすとはどういうことにゃ…。
私をあまり怒らせないほうがいいにゃ…。

ニョアさんは、多少凸凹のある寝床は好きですか?
凸凹の上で寝ると体のつぼが刺激されて心地よいそうです。
そこで私が愛用している「のーとぱそこん」というものを差し上げます。
「きーぼーど」という部分の凸凹感が心地良い眠りを約束してくれるでしょう。
(猫の吾輩より)


これはありがたいにゃ!
このポチポチ感が肉球にたまらないにゃ!
書物を閉じるように、中に挟まると上の部分がひんやりしてまたいいにゃ!
ひやぽちにゃ!_('ω^ _)
私はここからもう出たくない。
本日より「のーとぱそこん」は私の体の一部となった。

ニョア様ー!!Zektbachを日本語訳するとリスタチアになるんですけど、
もしかしてZektbach様はリスタチアなんですか?どうなんですか?気になります!!!
http://translate.google.co.jp/#en|ja|Zektbach%0D%0A
(魔道士ブラギンスキより)


世の中は謎だらけである。
どうしてこうにゃった…。私にも分からない。

初めまして、ニョア殿。
新たに出る叙事詩にもニョア殿の剣舞は収録されますかな?
前作のあの軽快な音楽は大変気に入り、今回も期待しているのですが・・・
(騎士ネロより)


君の名はどこかで見たような名前であるが…猫の名であったような…
剣舞の調べであるが、『The Epic of Zektbach -Masinowa-』にも収録されている。
しかし、残念ながら私の剣舞の調べでは無いのだが…。

ニョア様初めまして!
マタン様とノクス様の物語の円盤を聞いて以来、
個人的にリュドミール様のその後がとても気になるのですが、
やっぱり興味本位でそれを知るためにルーヘン様のあとをついていくのは
やっぱりやめておいた方がいいですよね…?
ルーヘン様は恐ろしい人だと聞いてるので、
つかまって実験されそうで怖いですにゃ…
(猫のエーンより)


ルーヘン・ケンプフェルト…彼に不用意に近づくのは危険である。
はっきり言ってやめておいた方が良いだろう…。
真理を追求する事が必ずしも良い結果を招くわけでは無い。
世の中知らなくてもいい事も沢山あるにゃ。

初めまして、Zektbach殿。
今は肉体無き身だが、生前私は哲学を研究していた。
貴方が語る物語を知り、非常に興味深いその内容に引き込まれてしまったよ。
ところで今回私が貴方にこのように鳩を飛ばした理由なのだが、
貴方が語る物語のテーマと、私が編み出した哲学、すなわち、
死・争い・苦悩・罪責という限界状況に直面して人は人間の有限性を自覚し、
自分が何をすればよいのかを真剣に考えて、
超越者に向かって自分の存在意義を問いかけることができる、という見解なのだが、
それに共通点を見出したような気がしたのだ。
そこで貴方自身、この私の考えについてどう思うか、
また自分の存在意義を見出す時はどんなときだと考えているのか、是非とも教えてほしい。
(精霊ヤスパースより)


あなたの著書は私も目を通しているにゃ。
客観と主観を越えた包括者を想起する事によって自己を自己たらしめるという考え方は確かに
Zektbachの叙事詩の中にも暗示させる部分があるかも知れない。
自己の存在意義を見出す事はどこにあるのか。
その答えはあなたの言うように「哲学すること」にあるかもしれない。
哲学をし、自分自身の包括者となりえる超越者を見出し、客観と主観を越えて「自分は自分である」と言えるような
客観的な実在価値を見出すのが存在意義の証明となるかもしれない。
しかしこれは絶対的な自己独立の不可能性と独立性自身それ自体の単独存在は無意味であるという人間の理性の限界が前提となっているが、
私はここにはまだ先があるのではと期待している。
その鍵を解くのが数学を初めとした学問と科学である。
これらの発展により、人間の思考や論理、存在論の哲学が変わるかもしれない。
おそらくZektbachもそういう事を考えると思われるにゃ。

こんにちは、はじめまして!
cdの発売おめでとうございます。今回も楽しみにしてました!
ちなみに本題に入りますが質問がありまして・・・。
アンネースちゃんは修道女の服なんですが、かぶり物を外すとどんな髪型になりますか?
短く切られているんですか?束ねられているのですか?お答をお待ちしてます!
それでわ、お仕事がんばってください。^^
(魔道士知りたがり屋より)


三つ編みを後ろでまとめたシニヨンという髪型である
アンネースの髪型について描かれたshioによる文献を発見したので特別にお見せしよう。



こんにちは、ニョアさん!
本日は質問があって参りました。
アリア・テ・ラリアの歴史年号で、B.C.とありますが、これは一体何の略なのでしょうか?
どこかの国ではBefore Christの略だという話ですが…。
もしご存知でしたら教えて下さい!
ちょっとしたお礼としてこちら、限定販売されていたカルカンです。( ・ω・)つ【缶】
伝書鳩とともに送らせていただきますね。
(枢密院renotより)


Before (Melius) Calendarの略で、メリウス暦以前という意味である。
アリア・テ・ラリアの世界ではメリウス暦制定を紀元元年として計算しているのが主流であるのでメリウス暦元年以前は紀元前、つまりB.C.として表記している。

では、今回はこの辺でさらばにゃ!





――――――――――――ニョアの手記 96 ――――――――――――

(2011.02.25)


The Epic of Zektbach -FRAGMENTS OF ARIA TE'LARIA-

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